修善寺にある十割蕎麦の店「さくだ」…今回はある偶然の出会いから始まった話です。
その日は久々に伊豆方面へドライブに。東海岸から回って、河津バガテル公園~伊豆長岡「温泉まんじゅう」と巡って、そろそろランチ時。
「修善寺が近いし、蕎麦でも食べない?」と提案すると、妻も「いいね」と言うので、あまり深く考えずに、とりあえず目的地として以前から何度か行ったことがある「禅風亭なゝ番」を目指しました。
でも、土曜日の昼時ということもあって店の外まで順番待ちの列ができていました。整理番号をもらったものの、とても待つ気になれません。それに加えて、忙しさのためかスタッフの対応があまりにも雑で、他の店を探すことにしました。
スマホで「修善寺 そば店」と検索したところ、いくつかの候補の中に「さくだ」の名前が。
十割蕎麦とのことなので「さくだ」に行ってみることに。
修善寺の細い道をナビに従って車で走っていくと、対向車とのすれ違いもやっとなくらいの路地の途中に、葦簀(よしず)張りの、どう見ても掘立小屋みたいな「さくだ」を発見。店奥の小さな駐車場に車を止めて、いざ入ろうとすると妻のビビり顔。
「こういう店ほどアタリかもよ」
そう言って背中を押して入店しました。結果はタイトル通り「大当たり」でした。
そもそも修善寺にそば店が多い理由
修善寺には10店舗以上のそば店があります。なんで修善寺にそば店が多いのか調べてみました。
修善寺にそば店が多い理由は、4つほど考えられます。
- 水がいい
- 本わさびの産地が近い
- 「禅寺」と相性がいい
- 有名店の存在
修善寺にそば店が多い理由① 水がいい
ひとつめは水。
修善寺周辺は、清らかな水辺にしか育たないわさびの産地。これは、そばの命でもある水が良いということです。
修善寺は天城山系の伏流水に恵まれていて、水質が非常に良い地域。狩野川水系の清流もあり、昔からわさび栽培や豆腐づくりにも向いていました。修善寺の蕎麦店で「水の良さ」を前面に出す店が多いのはそのためです。
そばは水の質が味に直結する食べ物です。良い水があるところに、良いそば屋が根付くのは自然…というわけです。
修善寺にそば店が多い理由② 良質な本わさびが採れる
もうひとつはわさび。
蕎麦にわさびはつきものです。修善寺周辺や天城周辺は良質な本わさびの産地として有名です。蕎麦も良質な水が重要ですが、本わさびの育成にも清らかな水が必須です。
周辺で採れる良質な本わさびを蕎麦と一緒に食すスタイルは修善寺流として定着しています。チューブわさびとは香りも辛みもまるで別物の本わさびが、地元で手軽に手に入る環境がそば文化を後押ししてきたということのようです。
修善寺にそば店が多い理由③「禅寺」と蕎麦の相性
修善寺の中心は、1200年以上の歴史を持つ「修禅寺」の門前町です。
禅寺文化と蕎麦は昔から相性が良く、
- 精進料理との親和性
- 質素だけど奥深い
- 香りや素材を味わう
という価値観が共通しています。
また、修善寺参詣の人々が禅寺ゆかりの蕎麦を食すようになったのが由来とも言われており、そば文化が観光と深く結びついた歴史的な背景もあるんだとか。
実際、修善寺では「禅寺そば」という名を冠した店舗やメニューがあります。禅寺を訪れる観光客向けに“禅・和・静けさ”を演出しやすい料理として、蕎麦が街のイメージにハマったのかもしれません。
修善寺にそば店が多い理由④ 有名店の移転などで名を広めた
修善寺には、かなり評価の高い蕎麦職人が店を構えた歴史があります。
たとえば、名店として知られた「朴念仁」は、東京の有名蕎麦職人が修善寺へ移転して作った店として知られています。
こうした「本格派の店」ができると、
- 蕎麦好きの興味が高まる
- 他の蕎麦店も出店する
- 修善寺=蕎麦の印象が強まる
という相乗効果によって、現在もなお10店舗以上が集まる一大「蕎麦の街」が生まれたのかもしれません。
実際、修善寺は「温泉地だけど蕎麦レベルが高い」という評価を確立しています。
だからこそ、筆者も「ランチ、修善寺のそば…」ということになったわけです。
良い水、良いわさび、そして歴史、この三拍子が揃った土地だからこそ、修善寺はそば激戦区になったのでしょうね。
さくだのメニューはたった一つ「蕎麦懐石」のみ

掘立小屋のような外観。
たった8席しかない狭い店内。
席に着いても、あれこれ悩むメニューは存在しません。
あるのは「十割そば懐石コース(税込700円)」の一択。

内容はシンプルの極致。
- 冷たい塩そば
- 温かい汁そば(揚げたて天婦羅そば)
- 蕎麦湯
の三品という潔さ。
観光地のそば屋にありがちな、種類だけ多くて何を頼めばいいかわからないメニューとは真逆です。「うちはこれしかないし、これで十分だ」という店主の自信が滲み出ている気がします。
事前の儀式:自分が食べる本わさびは自分でするべし
「蕎麦懐石、お願いします」
というと、「はい、擦って」と一人一人に手渡される、陶器製のすり器と大きな本わさび。自分で食べたいだけ擦って…というわけです。
大きく太い本わさびはずっしりとした重量感。良いワサビは重いんだそうです。
すり放題とはいえ、必要な分だけ自分の手でする——このひと手間が、これから食べるそばへの期待をじわじわと高めてくれます。
本わさびをすったことがない人には、これだけでちょっとした体験になるはずです。
チューブわさびとは香りがまるで違います。
刺激的な辛さよりも、鼻の奥にふわっと広がる清涼感。すりたてのわさびが手元にある状態でそばを待つ時間は、それだけで十分に贅沢でした。
好きなだけ擦れば、最初の塩蕎麦にどんと乗せてくれます。
さくだの一品目:冷たい塩そば~十割そばの地力を問われる一皿

竹のすだれの上に盛られた蕎麦が一品目。
「さくだ」を有名にしたのは、やっぱりこの「塩で食べる十割蕎麦」でしょう。
一般的な蕎麦屋だと、
- つゆ
- 醤油ベース
- 出汁中心
ですが、さくだでは最初に「まず塩で食べて」と
- 十割蕎麦
- 生わさび
- 岩塩
のシンプルな冷たい蕎麦が出されます。
これが結構衝撃的。
「蕎麦って甘いんだ」
「蕎麦ってこんな香りがするんだ」
蕎麦の味つけは塩のみ。上には先ほど自分でした本わさびが添えられています。つゆなし。薬味もなし。余計なものは何もありません。塩で甘みが強調された十割そばと擦りたての本わさびの風味だけ。それでいて「これだ、これだけでいい」と思わせる強さがあります。
塩とわさびだけでこれだけ食べさせるには、蕎麦に「地力」がないと成立しないと思えます。それを一品目に持ってくる店主の自信が伝わるようです。
さくだの二品目:温かい汁そば~揚げたて天ぷら付き

二品目は、温かい天ぷらそばです。
塩そばを味わい終える頃を見計らって、二品目の天ぷらそばが出されます。
刻みねぎ、そして一枚の海苔。こちらもとてもシンプル。蕎麦や出汁の旨みを楽しむことができます。汁を纏った蕎麦は、塩蕎麦とはまた異なる顔をみせてくれます。塩で食べたときより蕎麦の香りは穏やかになりますが、そのぶん出汁との一体感が楽しめます。
そして揚げたての天ぷらが一つ。この日の天ぷらは新じゃが。ホクホクしつつもねっとり感もある新じゃがの天ぷらも思わず「旨い」と口に出てしまう新鮮な驚きがありました。
シンプルな構成ですが、空気を絡めてすすれば出汁の香りが食欲をぐっと刺激します。
出汁は色が濃いめですが、口に含むと思いのほかすっきりしていてそばの風味を邪魔せず、蕎麦の旨みをしっかり支えている印象です。
さくだの三品目:残った出汁に蕎麦湯~ゆず風味で

二品目の天ぷらそばを食べ終えたら、残ったつゆにそば湯を注いで締めます。
そば湯が加わることで、出汁の風味がやさしく広がり、塩味もほどよくまろやかに。天かす、ねぎとともにその場で削いだ柚子の欠片がさらに異なる風味を楽しませてくれます。
じんわりと体に染み込むような味わいは、派手さはないけれど「ああ、旨いそばを食べたな」という余韻を楽しめる〆の一品です。
「スペシャル」という名前がついているだけあって、薬味と出汁の残りが合わさることで、一杯の小さなスープとして完成していると感じます。
筆者所感~十割そば「さくだ」の独自の世界観を楽しむ
一品目の塩そば、二品目の天ぷらそば、そして最後のそば湯。
無駄なものが何もない蕎麦懐石、ワクワクしながら腹に収めた三品が、「これで充分」という満足感を感じさせます。最初の一口から最後の一滴まで、きちんと設計されたコースだと感じました。
たった700円の「蕎麦懐石」ですが、単に蕎麦を二杯食べるのではなく、味わいが少しずつ変化していく流れがしっかり考えられています。
修善寺温泉街には数多くの蕎麦店がありますが、本わさびを自分でおろし、十割蕎麦を塩で味わい、最後はそば湯で締める。そんな体験ができる店はそう多くありません。
店を出る頃には、お腹だけでなく気持ちまで満たされていました。
高級志向の名店とは異なる魅力
修善寺には全国的に知られた蕎麦の名店もあります。
たとえば、かつて修善寺を代表する蕎麦店として知られた朴念仁は、美しい庭や洗練された空間とともに本格的な十割蕎麦を味わえる店として高い評価を受けていました。また、「胡々」も蕎麦好きの間で評判の高い一軒です。「朴念仁」で蕎麦打ちを担当していた方の流れをくむ店として知られています。。
一方、「さくだ」はそうした高級志向の蕎麦店とは異なる魅力を持つ存在です。
店構えは素朴で、一見すると蕎麦の名店には見えません。豪華な内装もなければ、格式張った接客もありません。店主は独学で蕎麦を学んだといいます。
「さくだ」には、本わさびを自分で擦り、店主と会話を交わしながら蕎麦を味わう。まるで知人の家に招かれたかのような居心地の良さがあります。
もちろん、蕎麦そのものにも手抜きはありません。
十割蕎麦の香りを塩で楽しみ、温かい天ぷらそばで味の変化を楽しみ、最後はそば湯で締める。その流れは700円とは思えないほど丁寧に考えられています。
肩肘張らずに美味しい蕎麦を楽しみたい時、「さくだ」はぴったりの一軒です。
修善寺温泉街を散策しながらふらりと立ち寄り、店主との会話を楽しみながら蕎麦を味わう。そんな時間こそ、この店ならではの魅力なのかもしれません。
店主のキャラクターも味わい深い
聞けば、80代の店主は独学でそばを学んだんだとか。長年学んできたことを蕎麦懐石の3品に凝縮しているように感じました。
かといって、寡黙でとっつきにくい…なんてことはなく、話しかければとても気さくで明るい人柄に親しみを感じます。入れ代わり立ち代わり訪れる客のために黙々と蕎麦を提供しているので、自分から積極的に話しかけてくるわけではありませんが、その距離感も心地よいものでした。
店の外観は一見すると簡素ですが、そこには店主の人柄がそのまま表れているようにも思えます。
十割蕎麦、本わさび、揚げたての天ぷら、そして蕎麦湯まで付いた蕎麦懐石が700円。
もちろん原材料費や光熱費の高騰を考えれば、決して楽な商売ではないはずです。それでもこの価格で提供し続けていることに驚かされます。
修善寺温泉には有名な蕎麦店が数多くあります。しかし、「さくだ」は蕎麦の味だけでなく、店主との何気ないやり取りも含めて記憶に残る店でした。
さくだの店舗情報
| 店名 | 十割そば さくだ |
| 住所 | 〒410-2416 静岡県伊豆市修善寺3458-22 |
| 電話 | 090-1479-3758 |
| 営業時間 | 11:00〜15:00頃(売り切れ次第終了) |
| 定休日 | 水曜・木曜 |
| 予算 | 700円(税込) |
| 駐車場 | あり(店奥スペース2〜3台) |
| アクセス | 修善寺温泉街・竹林の小径から徒歩数分 |
| 支払方法 | 現金のみ(キャッシュレス不可) |
※営業時間・定休日は変更になる場合があるとのこと。訪問前に電話で確認することをおすすめします。
伊豆修善寺・十割そば「さくだ」まとめ
修善寺温泉街には数多くの蕎麦店がありますが、「さくだ」は少し異色の存在でした。
屋台のような素朴な店構えに、80代の店主が独学で打つ十割蕎麦。本わさびを客が自分で擦り、塩そばから始まる蕎麦懐石を味わう体験は、他の蕎麦店ではなかなか味わえません。
決して豪華な店ではありません。しかし、蕎麦の香りを楽しみ、揚げたての天ぷらに舌鼓を打ち、最後はそば湯で締める。その一連の流れには店主のこだわりと長年の経験が詰まっているように感じました。
そして何より印象に残ったのは、店主の気さくな人柄です。
700円という価格に驚き、本わさびを好きなだけ擦れることに驚き、そして店を後にする頃には「また来たいな」と思わせてくれる温かさがありました。
修善寺で肩肘張らずに美味しい蕎麦を味わいたい人にとって、「さくだ」はぜひ一度訪れてほしい一軒です。



